もうひとりの「家族」
近くの飲み屋でよく一緒になるマッちゃんは、70歳位の年恰好だ。海上保安庁を退職して、今は油絵を描きながら5年前に迷い込んできた雄ネコと一緒に暮らしている。笑いながらのいい酒だが、薄いサングラスの奥の目がことさらにこやかに細められるのは、飼い猫に話が及ぶ時だ。ネコに「虎羅」と名前をつけた。「“コラ”と名前をつけてな、“おい、コラ!”と呼ぶんだな。人は怒っているみたいだから名前を変えれって言うんだが、これが良くてな」。「おい、コラ!どこ行ってた」「にゃー」「おい、コラ!何してるか」「にゃー」「おい、コラ!めしだぞ」「にゃー」「なあ、コラ。この絵はどうだ?」「にゃー?」……。
虎羅の話題をする時のマッちゃんは、ほのぼのとして何とも幸せそうだ。「明るくなってくるとな、枕元に来て俺の顔を手(足?)でちょんちょんと突っついて、起こすんですよ」。「雀もチュンチュンうるさくなってくるし、カラスも鳴くし、もう外に出たくて出たくて黙ってられないみたいでな」。
知人にミニダックスと一緒に暮らしている人がいる。「タロウ」と名づけて、合うたびにうれしそうにタロウの近況を話すその顔は崩れっぱなしになる。ペットどころではない。完全なる家族だ。人と人とは違って、言葉が介在しない分、心と心が触れ合おうとするのかも知れないなどと、時折思う。心を通わせる人が減って、その代わりにペットだとすれば少し悲しいけれど、今はかけがえのない家族になっている場合が多いのだろうと思う。
マッちゃんと犬猫が車の事故に遭う話になった。それが心配らしい。「虎羅に何かあったら、マッちゃんかわいそうだな。ひげ面を涙だらけにしてきっとずいぶん泣くだろうな」。ふと、そんなことを思ってしまった。マッちゃん、ごめんなさい。そんなこと絶対ないと思うよ。
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