樺太移住殉難者慰霊する墓前祭
江別市対雁・市営墓地で 6月16日午後2時明治8年(1875年)、千島樺太交換条約締結の際に強制移住させられ、現在の江別市対雁(ついしかり)において集団生活を強いられていた樺太先住者の半数近くが、明治19年のコレラ、天然痘の大流行によって犠牲になるという悲惨な事件があったが、その人々の墓前で遺族と共に慰霊し、アイヌ民族である樺太先住者の様式に則(のっと)った祖先供養を行う「第28回樺太移住殉難者墓前祭」が6月16日(土)午後2時より、江別市対雁の江別市営墓地で開催される。主催の対雁墓前祭実行委員会では、一人でも多くの人々の参列、慰霊の焼香を呼びかけている。
近代日本の黎明(れいめい)の時代に、領土問題の犠牲となって故郷を追われた樺太先住者が辛酸の末に遭遇したこの悲劇は、歴史の狭間に長い間忘れられていたが、樺太史料研究会の活動により江別市の浄土真宗・真願寺に保存されていた過去帳が発見され、それを頼りに遺族が呼びかけあって昭和54年、第1回墓前祭が行われ、今日に至っている。
この事件に社会的な光を当てた報告書「対雁の碑~樺太アイヌ強制移住の歴史~」(樺太アイヌ史研究会編/1992年・北海道出版企画センター刊)には、第1回墓前祭の折の実行委員会代表・川村三郎氏による次のような開会の挨拶が紹介されている。
「明治8年に日露の間で締結された樺太千島交換条約によって、856名(第28回墓前祭案内状では108戸、841人)の樺太人がこの対雁の地に移住し開拓にあたりましたが、不幸にして明治19年に始まったコレラ、天然痘の大流行のため385名の尊い命が奪われました。私たち樺太関係者には、その墓地の存在さえ明らかでなかったのですが、幸い樺太史料研究会の働きによって100年の歴史が発掘され、北海道庁、道議会、江別市の協力を得て、ここに墓前祭を施行することができました。今日まで殉難者の霊を守って下さった、ゆかりの深い真願寺様のご住職が導師となって、みなさんの真心をこめたおまいりをいただきありがとうございました。地下に眠る先輩諸士の霊よ。あなたたちの悔しかった気持ちを受け継いで、私たちはこれから、その苦難の業績を顕彰するために活動することを、ここに日本人として誓うものであります。御霊(みたま)よ。天空に在りて安らかに冥ぜられよ。合掌」――。